沿革

 
戦国の頃、奥州の林崎甚助源重信公は、奥州林崎明神に参籠し、長柄抜刀の術を創始する。
故に中興抜刀術の始祖と言われる。
林崎甚助公は各地を遍歴され、数多くの御弟子を育てられた様であり、伝承の形態は一つに限られていない。          
 斯様な状況にあって、二十代・竹嶋壽雄先生は、伝書・口伝等深く研究せられ、古い時代の居合再現に取り組んでこられたが、道統を村永秀邦先生に継承されるを機に流名を土佐直伝英信流と改称せられる。



特徴


 成立過程は多様であるが、簡明に推論すれば、陰流の流れを汲むものへ林崎甚助公の居合が入り宝蔵院流、そして、土佐藩の小栗流をも合わせたものが渾然一体となり、現在の当流になっていると言えよう。特に、陰流の最高の思想である「不殺の祈り」の影響は大きく、実戦に即する居合でありながら、当流の歴史に不要の殺人記録はない。
    
 刀法に於ては、全ての動きが攻防相兼ねた合理的な形で構成されており大きい円の動きの連続となっている。又、身の掛かりは、口伝に水鳥の位と言われる如く、自在な動きを示唆している