あの娘にふられて、死にたかアァァったのさァ…。
「なぜ、川上なんだよ?」ぼくが反論した。
「川下にたたずんだっていいじゃないか」冷蔵庫がすかさずいった。
「川下はぜんぜんつまらない。
水洗式になってからはな」「あら、キッチンは“入り口“でも“川上“でもなくて」理屈っぽい野菜カゴが口をはきんだ。「家の中に残された唯一の“自然“と考えるべきよ」「どういう意味だ?」とぼく。
「自然とは滅びるもの、そして蘇るもの。
ほうっておけば、私の中で」野菜カゴがつづけた。
いわく、タマネギは密やかに腐りはじめ、ニンジンは溶け果てる。
瀕死のジャガイモは朽ち崩れながらも若緑色の芽を噴き出し…「トロロイモは紫色のツルを高々と空中に持ち上げるわ」「そのとおりだ」と冷蔵庫。
「肉や魚はオレの中で腐臭を放ちながら、ウジという新しい生命体を宿し…」新築のお宅を訪ねることがよくある。
昔、その地の庄屋様だったという農家が自宅を建てえた。
いかにも古い造りの築地塀がぐるりと囲む敷地に、四角い、モダンな、白亜のコンクリート住宅が建っている。
アルミ製の白い玄関ドアを開けると、ホールには裸の巨木を輪切りにしたようなでかい衝立が置いてあった。
二十畳のリビングルームに通された。
床には紫地の色鮮やかな天津綴通が敷いてある。
錦華山織りのソファの閃く包丁、震えるまな板、鉄が木を打つシンコペーション。
踊る鍋、釜、がちゃつく小鉢。
煮る、焼く、揚げる、蒸す、炒める。
濠々たる湯気、煙、立ち昇るかぐわしき香り。
元気なキッチン、つくってますか?(BY「キッチン」(H書店)より気紙芝居)などというが、同じころの紙芝居の舞台の前面にも巻き上げ式の椴帳がついていたのを思い出す。
さて、この椴帳、テレビを見るときにははね上げられ、見終わると降ろされる。
当時は番組が二十四時間放映されていたワケではないので、ブラウン管には、絵が映っている時間よりこの鍛帳がかかっている時間のほうが長かった。
それにしても、なぜ、テレビに覆いのカバーなのか?それは、たぶん、こういうことだと思う。
当時のテレビジョンといえば憧れの電化製品。
最先端のハイテク機器だった。
しかし、それを受け入れる日本人の住まいといえば、悲しいかな、軒の深い木造住宅の昼なお暗き畳の茶の間。
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